卓飯 ~テーブルでは卓球と旨い飯を~ 第1ゲーム 『バナナの天ぷらとチキータ』

 

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※ブログで執筆する都合上、一般的なシナリオのルールとは少し違う書き方をしています。

【シナリオ用語】
N=ナレーション
М=モノローグ(心の声)
同=同じ場所

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〇 新宿の卓球場(夜)
サラリーマン・大学生・カップルなどで賑わっている。
戸倉芽衣(28)、戸倉健司(28)にサービスを出している。
健司、チキータで返す練習をしているが、まったく入らない。

健司「(チキータ)ふんっ」
ボールが明後日の方向へ飛んでいく。
健司「(チキータ)せいっ」
ボールがネットにかかる。
芽衣「ちっとも入んないね」
健司「十球に一球は入ってるよ」
健司のチキータが相手コートに入る。
健司「ほら、入った」
芽衣「でもちっとも回転がかかってないよ」
健司「……」
健司、ひたすら芽衣のサービスをチキータする。
 ×    ×    ×
汗だくの健司。顔をしかめて手首を振りながら、
健司「……ちょっと休憩」
芽衣「もう?」
健司「手首が痛くて……」
芽衣「(ため息)」

〇 同・休憩所
ベンチに腰かけている健司と芽衣、ペットボトルの水を飲んでいる。

芽衣「裏面打法に取り組み始めてどのくらいだっけ?」
健司「んーっと……三ヶ月かな」
芽衣「そのわりに、うまくなんないよね」
健司「まだ三ヶ月だから」
芽衣「もう三ヶ月だよ」
健司「難しいんだよ、裏面は」
芽衣「それはわかるんだけど、にしてもね……」
健司「……」
芽衣「私が思うに、ラケットが重すぎるんだよ。ペンの両面に特厚ラバー貼ってたら、そりゃ重いよ。ただでさえ裏面打法は手首に負担がかかる打ち方なんだから、そんな重いラケットで打ってたらそりゃ痛くもなるよ。そもそも健ちゃんは非力で筋力もないんだし。しかも中ペン(中国式ペンホルダー)だから余計に重いんだよ」
健司「確かに重いけど……」
芽衣「でしょ。日ペン(日本式ペンホルダー)にしたらいいんじゃない?」
健司「いや、それはちょっと……」
芽衣「なんで?」
健司「日ペンもカッコいいけど、俺はずっと中ペンでやってきたから、中ペンが好きなんだよ。だから変えたくない」
芽衣「じゃあさ、せめて裏面のラバーの厚さを〝中〟にしなよ」
健司「それじゃ、威力が出ないじゃん。チキータもそうだけど、台から下がっても両ハンドドライブでガンガン打ち合いたいんだから」
芽衣「ラケットが重くてスイングスピードが遅くなったら威力も出ないでしょ。現に健ちゃんのボール、ヨボヨボだよ」
健司「ヨボヨボ……」
芽衣「人間の歳で言ったら87歳くらい」
健司「ボールの威力を人間の年齢に置き換えるんじゃないよ、わかりづらい」
芽衣「とにかく、威力はからっきしないよってこと」
健司「でも、なあ……」
芽衣「じゃあ、ラケットをもっと軽くて弾むやつにすれば? 健ちゃん用具マニアなんだから、そういうの詳しいでしょ」
健司「あるにはあるけど、扱いやすさとかラバーとの相性もあるからね。いろいろ試した結果、このラケットが俺にはベストなんだよ」
芽衣「うーん……日ペンもダメ、〝中〟にするのもダメ、ラケットの変更もダメ……」
健司「こだわりってもんがあるからねえ」
芽衣、空になったペットボトルを握り潰す。それを見た健司、慌てて、
健司「あ、いや、じゃ、じゃあ、試しに裏面のラバーを〝厚〟にしてみるよ」
芽衣「それでもまだ重いよ。〝中〟じゃなきゃ」
健司「まあ、その話はまた今度にしようよ。そもそもチキータが入らないって話だったでしょ」
芽衣「チキータにしたって、問題はラケットの重量なんだよ。健ちゃんがチキータできないのはさ、コツを掴んでないとか、やり始めたばっかりだとかは関係なくて、ラケットが重いのが根本的な原因なんだよ」
健司「重さが? そんなことってある?」
芽衣「あるよ。さっきも言ったように、手首に負担がかかったり、スイングスピードが遅くなったり。あと、チキータを返された時の対応も遅れるでしょ。チキータをして終わりじゃないの、『返球されたボールを強打するまでがチキータ』なんだから」
健司「家に帰るまでが遠足、みたいな?」
芽衣「は?」
健司「なんでもありません」
芽衣「技術的なコツ云々より、まず目を向けるべきポイントがあるってこと。ま、考えといてよね」
健司「うん、わかった」
芽衣「(ニッコリ笑って)よろしい」

芽衣、ペットボトルを捨て、先にコートへ向かう。
健司、ガラス越しに客たちを眺めている。

健司のN「老若男女、これほど誰もが気軽に楽しめるスポーツがほかにあるだろうか。極めようとしても底が見えないほど奥深く、その一方で、ただ楽しむだけの卓球や健康のためにやる卓球もある。圧倒的に難しいスポーツでありながら、誰でも楽しむことができる不思議。嗚呼、何という神秘的なスポーツか――」

タイトル『卓飯 ~テーブルでは卓球と旨い飯を~』
第1ゲーム 『バナナの天ぷらとチキータ』
軽快なラリーの音が響く。

 

〇 卓球場・表

健司「お目当ての店があるの?」
芽衣「ううん。今日は特に決めてない」
健司「行き当たりばったりってことね」
芽衣「うん」
 ×    ×    ×
健司と芽衣、お店を探して歩いている。
健司「たまにはいろんな人がいるガヤガヤした卓球場で練習するのもいいよね」
芽衣「うん。騒音に慣れておくことで、どんな試合会場に行っても惑わされない集中力も養えるし」
健司「値段も安い」
芽衣「でも、本格的な卓球ルックなのは私たちだけだったから、それはちょっと恥ずかしかったけどね」
健司「そう? まったく気にならなかったけど」

〇 新宿・喧騒から離れた裏路地
ほとんど飲食店のない場所。
芽衣、年季の入った天ぷら屋を見つける。

芽衣「こんなところに天ぷら屋があるよ」
健司「ほんとだ。いいかもね、天ぷら」
健司、天ぷら屋の戸を開ける。
大将の声「いらっしゃい」

 

〇  天ぷら屋・店内
店内はカウンター席しかなく、こぢんまりとしている。
カウンター内に、やや強面の大将と若い職人(大将の息子)。
カウンター席の端に、女性客が二人。
健司と芽衣、カウンター席に座る。

健司「生2つ」
若い職人、健司と芽衣の前にそれぞれビール(グラス)を置く。
芽衣「じゃあ、とりあえず、今日もお疲れ様」
健司・芽衣「(グラスを掲げて)ラブオ~ル」
健司と芽衣、ビールを飲む。
健司「はふ~~ん」
芽衣「ぷは~~ん」
健司のN「(恍惚とした表情で)卓球のあとのビール。これ以上の快感があるだろうか」
芽衣、「はい」とメニューを健司に差し出す。
健司「あ、ども」
健司と芽衣、メニュー表を開く。
健司のM「ほぉ、けっこういろいろあるもんだね……う~ん、コースにすべきか、一品ずつ頼むべきか……天ぷら屋の天丼、かき揚げ丼というのも捨てがたい……」
芽衣「(大将に)旬の野菜天ぷらの盛り合わせと、メゴチとキスください」
健司、驚愕の表情で芽衣を見る。
健司のM「早っ! さすが速攻を得意とするだけはある」
芽衣「健ちゃんは卓球でも何のサービスを出すか決めるのが遅いけど、メニューを決めるのも毎度遅いよね。こういうところでパッと判断を下す癖をつけておいた方がいいよ。そしたら卓球にも活きてくるから」
健司「……ほんとに?」
芽衣「うん」
健司「飲食店でも卓球のトレーニングができるのか。考えたことなかったな……じゃあ、(大将に)アナゴとハゼ」
大将「はい」

 ×    ×    ×
大将、次々と天ぷらを揚げ、器に盛りつけていく。
大将、旬の野菜天ぷらの盛り合わせを二人の前に置く。
天ぷらを食べ、ビールを飲む二人。

芽衣「天ぷら以上にビールに合う食べ物ってないかもね」
健司「激しく同意」
芽衣「しかも卓球のあとのビールだから、パーフェクトかもしれない」
健司「(頷いて)まったく」

大将、天ぷらを揚げる。
大将の息子、他の客の天ぷらを揚げている。

 ×    ×    ×
健司「大将、海老とエノキのかき揚げと、ごぼうの空揚げ、あと、ビールもう一杯」
大将「はい」

 ×    ×    ×
芽衣「桜えびのかき揚げ。あと、ビールおかわり」
大将「はい」

 ×    ×    ×
健司、少し酔っている。
健司「俺がチキータできるようになったら、俺と芽衣のダブルスにも大きなプラスになるよね。俺がチキータレシーブをかましてチャンスを演出して、芽衣が次のボールをスマッシュ!」
芽衣「それができたら理想的だけど、入んなきゃ意味がないよ」
健司「だから練習してるんでしょうが」
芽衣「その前にやることがあるんだからね」
健司「……ラケットを軽くする」
芽衣「そうそう」
健司「それなんだけどさ、やっぱりラバーを〝中〟にしたら弾みが物足らなくなると思うんだよね。片面ペンの頃からガンガン打っていく攻撃卓球をポリシーにここまでやってきたからさ、両面ドライブマンになってもそれを貫きたいんだよ。だから、ラケットが重いことによるデメリットがあったとしても、攻撃力のある用具を使いたいんだよ」
芽衣「うーん、なんか違う気がするんだよなあ」
健司「(話をなんとか逸らそうと)大将、ここのオススメって何ですか?」
大将「バナナの天ぷらですね」
健司「バナナ? そんなのあるんですか?」
大将「ええ、(息子に視線をやって)うちのせがれがね、今の人にウケるようなメニューを取り入れなきゃダメだとか言い出しましてね、いろいろ試した結果、バナナがウケました」
健司「抵抗はなかったんですか」
大将「そりゃありましたよ。半人前のくせに生意気なこと言ってんじゃねえって、大喧嘩しました。でもね、うちの近くに何でもかんでも回すおちゃらけた回転寿司チェーンが出店しましてね、そっちに客取られてどうにもならなくなったんですよ」
息子「長年やってるだけにこだわりが強くて、説得するのが大変でした」
大将「最後はもうヤケになってね、どうにでもなれって」
健司「そしたらウケたと」
大将「ええ」
芽衣「(メニュー表を開いて)ほんとだ、バナナの天ぷら。アイスクリームの天ぷらもある」
メニュー表に〝アイス天ぷら(バニラ・抹茶・あずき・雪見大福)〟
大将「常連さんにも好評だし、女性客も増えました」
健司「(感心して)へえ」
大将「この世界も長くやってると妙なこだわりを持っちまうからいけません。つまらないこだわりに固執してたら進歩しないってことをこの歳になって知りました」
芽衣「大将、バナナの天ぷらください」
健司「僕も」
大将「はい」

大将、バナナの天ぷらを揚げる。器に盛りつけて、二人の前に出す。
健司と芽衣、バナナの天ぷらを食べる。

健司「うまい!」
芽衣「うん、甘くて美味しい」
息子「バナナは加熱すると甘さが増すんです」
芽衣「甘いけどビールにも合う」
健司「そういえばチキータって、バナナのブランド名がネーミングの由来なんだよね」
芽衣「うん。ボールの軌道がバナナのように曲がるってことでね。あ、チキータで思い出したけど、ラケットを軽くするって話」
健司「しまった。話を逸らすつもりだったのに、またこの話に……」
芽衣「両ハンドドライブで打ち合うスタイルはさ、健ちゃんには向いてないと思うんだよ」
健司「はっきり言うね」
芽衣「裏のラバーを〝中〟にしたら、弾まなくなる分、ブロックだってやりやすくなるし、台上の細かい技術もやりやすくなるよ。そういう新しいプレースタイルにチャレンジしてみなよ。今までのこだわりを捨ててこそ、次なる道が開けるってもんよ! ね、大将」
大将「(苦笑い)」
芽衣「ほら、大将もこう言ってるし」
健司「なんも言ってねえよ」
芽衣「理想を追い求めすぎると前が見えなくなっちゃうよ。大将みたいに誰かのアドバイスに従ってみたら、新しい気付きがあったりするもんだよ」
健司「……うん、そうかもね。挑戦してみるよ」
芽衣「よし! じゃあ、中ペンから日ペンに転向ね!」
健司「いやいや、それはダメだって! それって天ぷら屋が花屋になるようなもんだよ」
芽衣「は?」
健司「ね、大将」
大将「(苦笑い)」

〇 とある卓球場(一ヶ月後)

健司、一人で卓球マシンを使って練習をしている。
健司のM「確かにラケットを軽くしてから、長時間チキータの練習をしても手首が痛くならないし、いろんな技術がやりやすくなった」
健司、ラケットをじっと見つめ、
健司のM「これで日ペンに変えたら、もっと軽くなって、さらに扱いやすくなるのか……」
健司、思案顔。
健司「(頭を抱えて)うーん……」

〇 健司と芽衣のマンション・部屋

芽衣「健ちゃん遅いなあ。なにやってんだろ。せっかく大将のお店でバナナの天ぷら買ってきたのに」
 ×    ×    ×
芽衣「もう待てない!」

芽衣、缶ビールを開ける。
画面いっぱいに青空が広がる。

芽衣の声「ぷは~~ん」

健司、まだ頭を抱えている。

(了)

 

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8 件のコメント

  • チキータのくだり納得できます
    いますよね理想を追い求めてすべて駄目にしている選手

    • しんこうしんこうさん
      理想が吉と出るか裏目に出るか、難しいところですよね。
      私も中ペンだけにはこだわりがありますが、重さが悩みのタネです(>_<)

  • たまにシェークをペン持ちでチキータしてみますけど2回くらいで手首痛くなります笑
    シェークにも焦点を当てて欲しいですね!

    • シェーク裏裏野郎さん
      わずか2回ですか笑
      嗚呼、ペン裏面の手首負担の恐ろしさよ……。
      できればシェークにも焦点を当てたいですね。
      先の展開が読めないのでどうなることやら、といったところですが(´ω`)

  • 餅は餅や・・・。さすがプロですね。健司さんと芽衣さんのキャラが立ちあがって、絵になって動いてきました。今後の展開が楽しみです。バナナのてんぷら今度家で試してみたいです。桜エビも用意したいとおもいます。それほど天ぷらやさんのシーンは印象的でした。

    • ペンドラ直ちゃんさん
      ありがとうございます!
      もったいないお言葉です。
      1話完結の短い話なので、キャラ立ちは非常に重要となるためかなり意識した部分です。
      そこを誉めて頂けるとほんとに嬉しい限りです。
      ぜひ天ぷらチャレンジしてみてください (^-^;

  • はじめまして!
    レベルは違いますが、自分のことが書かれているようで大変興味深く読ませていただきました。

    ▼ペンドラ(だだし遊びに近くオールフォア打ち)
    ▼ブランク30年
    ▼両ハンドドライブの豪快さとチキータの斬新さに衝撃を受ける
    ▼中ペンで卓球再開(ラケット重量160g)
    ▼すぐに腱鞘炎
    ▼毎日やっているので慢性化
    ▼マッサージに通い、筋トレをするが効果なし
    ▼バックを表ソフトにして前陣速攻攻撃型に転向(ラケット140g)
    ▼肘が少し良くなり、せめてチキータと台上ドライブはやりたくなる
    ▼ネットで同じラケットでも最大10g位の違いがあることを知る
    ▼お店を回り使い慣れたラケットで8g軽いものを見つけ購入
    ▼試行錯誤の結果、裏をラウンデル(中)貼る面積を最小にして重さ146g
    ▼練習では2回に1回位チキータが決まるようになるが、非力のため簡単に打ち返される
    ▼「安定性」「回転力・スピードアップ」「コース打ち分」を課題として現在練習中
    ▼次にラバーを張替えるときは、厚かG-1あたりの重いものが欲しくなりそうで怖い・・・
    以上、ざっと自己紹介です。

    創作話の連載楽しみにしています。
    narukoさん自身のチキータの話しももっとお聞かせください。
    私の励みにしたいと思います。

    • kenyutaさん
      コメントありがとうございます!
      ブランク30年は私より長いですねw
      ご自身の卓球道を追求しておられる様子が自己紹介からビンビンに伝わってまいりました。
      中ペンで重量も私と同じくらいなので親近感を覚えますww
      おっしゃるように、ラケットは同じものでも重さが違うので気を付けないと「思っていたのと違う…」となりかねませんね 笑。

      私のチキータはぜんぜん進歩しないのですが、何か気付きを得たら書いていこうと思っています。
      今後とも拙ブログを宜しくお願いします!

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