私が中学3年生の時の話である。
我が卓球部は私の学年で黄金期を迎え、地元の県ではチャンピオンチームだった。
卓球を良く知っている熱心な顧問と、外部から指導者も来るというガチな練習環境だった。
4月に新入部員が何人か入って来たのだけど、小学校から卓球をやっていて、強豪校でこれからメキメキ腕を上げてやるぞという意志を感じさせる子もいれば、「とりあえず卓球部に入りました」みたいな子もいた。
そんな中で一人、ケンタ(仮名)という新入部員はまったくやる気が感じられなかった。
部活を休むわけでもなく、別に他の部員の練習の邪魔をするというわけでもなかったが、自分の練習には身が入っておらず、多球練習で散らばった球を拾うことにやたら時間をかけているような奴だった。
ある日私はケンタに尋ねた。
私「ケンタは何で卓球やろうと思ったの」
ケンタ「ああ、それはですね、稲中卓球部が大好きなもんで・・・まあ、そういうことです」
私「どういうこと?」
ケンタ「卓球がやりたかったんじゃなくて、卓球部に入りたかったんです」
私「稲中みたいにバカなことがやりたいと?」
ケンタ「はい。最高じゃないですか、あれ」
私「そう。でもここじゃバカできないだろ」
ケンタ「はい。バカはいるんですけど、バカなことやる奴はいないですからね」
ご存知の人も多いと思うが、ケンタの言う稲中卓球部とは、古谷実先生のギャグ漫画『行け!稲中卓球部』のこと。
お下品なギャグ満載の稲中は、当時私のクラスの男子の間でもちょっとしたブームとなっていたが、これに憧れて「僕も卓球をやってみたい!」と決意する類のものでは決してない。
練習中にふざけることは許されないが、卓球部に悪影響を与えないのであればそんな奴でもいてもいいわけで、私は特に何も言わなかった。
ただ、サーブ練習の時間になると、ひょっとすると何かやらかすのではないかと、私はチラチラとケンタの方に視線をやっていた。
というのも、稲中卓球部では、前野というくだらないことばかりやっているお馬鹿な生徒が「はみちんサーブ」(説明は不要であろう)という必殺技を繰り出すことは私も知っていたので、稲中に憧れるケンタが、古谷先生もビックリのおげれつサーブを披露するのではないかと心配(少し期待)したからだ。
結局ケンタはお下品なことは何ひとつやらず、入部からふた月ほどでやめた。
下品なことはやらなかったが、バカなことはやった。
半分に切った表ソフトラバーと裏ソフトラバーをくっつけたオリジナルラバーを貼って練習しようとしたのだ。
キカイダーのようなラバーってことね。
すぐさま顧問に見つかりむちゃくちゃ怒られ、次の日から来なくなったのであった。
その後、ケンタが吹奏楽部に入部したという噂を聞いた。
稲中に登場する井沢という生徒は、ペットボトルにチ〇コを突っ込んで抜けなくなるという阿呆なことをやらかしたが、ケンタがトロンボーンにチ〇コを突っ込んで抜けなくなるといった騒動を起こしたという話は聞かなかったので、稲中に影響された振る舞いは封印して真面目に音楽に取り組んだものと思われる。
今、どんな大人になっているだろう。
そのおバカな発想力を活かして、ギャグ漫画家にでもなっていてくれたら、と願う。
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