ジャンヌダルクの奮闘—『ファイナルウイナー 卓球界の革命児、終わりなき挑戦』 四元奈生美(著)

 

なにか面白い卓球本はないだろうかと探していたところ、こんな本を発見したのでさっそく読んでみた。

『ファイナルウイナー 卓球界の革命児、終わりなき挑戦』
四元奈生美(著)

 

ファイナルウイナー―卓球界の革命児、終わりなき挑戦

 

文字数も少なくてサクッと読める本なんだけれど、思っていた以上に面白かった。

本書は、卓球界のジャンヌダルクと呼ばれた四元奈生美さんが「新たなスタートを切るために、30歳を迎える前にリセットしよう」という思いでこれまでの卓球人生をまとめた自伝的な本である。
※出版は2008年1月

 

4歳から卓球を始め、全日本カデット優勝やインターハイダブルス準優勝、壮絶な努力の末に掴んだインカレ優勝(団体)など、学生時代の秘話も興味深いが、やはり四元さんが面白いのは、プロ選手に転向してからである。

四元さんに「プロになれ」と勧めたのは、漫才師・松本竜介さん(島田紳助さんの相方)という意外な事実に心底驚いたが、竜介さんのアドバイス通りプロになった四元さんは、これを機に姓名判断によって「直美」から「奈生美」へと改名したというのだからこれまた面白い。

プロになってまずやったことはスポンサー探し。
タウンページで調べて直接企業に電話をかけ「卓球やっているんですけど、スポンサーになっていただけませんか?」とお願いするも、企業からはダイレクトに「卓球は暗いから、こっちにメリットないし、ムリだよ」と断られたという。
しかし四元さんは「そうですね」としか言い返せない。それは自身が「卓球はたしかに暗いなあ」と思っていたからである。

そうしてスポンサー探しに奔走しながら、人生初のアルバイトで生活費を稼ぐ日々が始まる。
アルバイトのある日は練習ができず、アルバイトのない日は市民体育館や福祉センターに行って練習するという環境の中で、試行錯誤しながら腕を磨いていく。

そんなこんなでスポンサーもいくつか見つかり、いろんな人の協力を得てプロ選手として活動していく四元さんであるが、四元さんのもう1つの顔と言えば「デザイナー」である。
ファイナルウイナーという自身のブランドを立ち上げ、卓球のユニフォームのデザインに取り組むのだけれど、これが様々な偏見・批判との戦いの始まりとなるのである。

デザイナーとしての第一作目は、2007年の全日本選手権で着用した、片方の肩を出したユニフォーム。

 

なぜこのユニフォームが批判されるのかさっぱりわからないが、とにかくいろいろ言う人はいたようである。
しかし四元さんは、生半可な気持ちでそんなことをやっているわけではないのである。

私のユニフォームは、少々型破りだけど、ルールにのっとっているし、これを着続けることで卓球界が明るくなると信じている。
「卓球のユニフォームって、地味でダサいよね」なんて、誰からも言われたくないし、これからの卓球界発展のためには、ユニフォームは絶対に重要になってくる。それに、誰かがやらないと始まらないし、何もかわらない。
(中略)
「あの高校の制服かわいいよね。あの制服着たいなあ」と、オシャレな制服が着たくて学校を決めるのと同じように、「あんなオシャレなユニフォームが着たいな」と、卓球をはじめてくれる人がでてくれば最高だ。
というよりも、そうなっていかないといけないと思うし、絶対にそうあるべきだ。
オシャレなユニフォームを着ることで、ユニフォームがかわいいから卓球をはじめる人がでてきて、卓球界が明るくなる。
そういうスタンスもありだよね?
今までのユニフォームとは全然違うものを私が着続けることで、そんなプラス面がたくさんあると思っている。
だから、否定的な意見があっても、ルールを無視しているわけではないし、気にすることはまったくない。
私には、卓球を明るくしていかないといけないという、プロ卓球選手としての責任がある。

 

四元さんのユニフォームへのこだわりは、「強くてかわいく見えるものをデザインすること」。略して「強カワ」である。

「強カワ」を大きなテーマにデザインをして、さらにそのときの自分の思いをユニフォームに込める。
たとえば、私が歌手なら自分の思いを歌詞に込めるだろう。けれど、プロ卓球選手・四元奈生美が自分の気持ちを素直にストレートに表すには、ユニフォームが表現する最高の場所なのだ。そしてそこには、説得力もある。
だから、伝える手段としてのユニフォームは、私にとってすごく大事なものだ。
大会の前になると、自分の気持ちを整理する。
「今、私は何を考えているのだろう」「何をみんなに伝えたいんだろう」と、自分の心を探って、突き詰めていく。そして、「この大会はこういう気持ちでのぞもう」と決めたことを、ユニフォームで表現する。

プロ卓球選手で、ユニフォームで自己表現するなどという人は、後にも先にも四元さんだけであろうが、プロとしての表現は1つではないということを見事に示しておって、実に感心する次第である。

『おぼっちゃまくん』の名物キャラクターである、びんぼっちゃまは、後ろ半分が丸出しという服装であるが、あれは「私は貧乏です」という自己表現にほかならないわけだけれど、四元さんの表現力はあれに匹敵すると言っても過言ではない。

けれど四元さんはユニフォームだけでなく、卓球イベントにも力を入れている人であり、実際に卓球界になかった斬新なイベントも成功させているのである。
その根底にあるのは「卓球の面白さを発信し、多くの人に卓球を好きになってもらいたい」という熱い思いである。

ユニフォームに対していろいろと注意を受けたりもしたけれど、私と同じように卓球を盛り上げようとしている卓球ファンを信じている。
「今までに誰も見たことのない、大きな卓球のイベントをやろう」と思ったとき、おそらくみんなそこに足を運んでくれて、盛り上げてくれるだろう。
卓球が好きで、日本卓球協会に登録している人が全国に二十九万人いる。登録者以外にも卓球を好きな人はたくさんいる。
だから、協会にはもっと積極的にいろんなことにチャレンジしてほしい。
そして、私個人の力ではとてもできないような、思い出に残る大会や面白いイベントを企画してほしい。

四元さんはプロに転向した頃から、福原愛選手など一部のスター選手に頼らざるを得ない卓球界の未来をとにかく心配していて、卓球のイメージアップのためにやれることは何でもやろうという覚悟で様々なことにチャレンジしてきた人なのである。

目立てば叩かれるというのは世の常で、いろいろ言われることはあっても、めげずにひた走ってきた四元さんの奮闘ぶりには、いち卓球ファンとして頭が下がる思いである。

 

そして本書の最後は、こう締め括っている。
「十年後にはオシャレなものを自由に選べるという卓球界にするため、さらなる努力と、強い信念をもって、私は挑戦し続ける」

今はそれから十年後である。
現在は斬新なデザインのユニフォームも次々とリリースされ、四元さんの願っていた通りの卓球界となっている。
四元さんは選手としてはトップ中のトップというわけではないけれど、卓球とデザインという才能の組み合わせによって独自の自己表現を成功させ、それによって卓球界を盛り上げるために貢献してきた人である。

このような異端のプロ卓球選手が、再び現れないものだろうか。

現在の、少々のことには寛容な卓球界であれば、びんぼっちゃまスタイルのユニフォームであっても、怒る人はそういないだろう。
それを実行する次なるジャンヌダルクの登場を、一日千秋の思いで、私は待ちたい。

 

8 件のコメント

  • 正直、この人を最初見た時は「奇抜」とか「異端」
    というようなあまり良くないイメージを持ちました。
    しかし、この人へのインタビューなどで
    凄く考えや行動、1つ1つが真剣そのものだと知り
    良い意味での「奇抜」「異端」に変わりました

    好きな卓球選手の中でも、人間性に惹かれたという面では
    数少ない選手です

    • しんこうしんこうさん
      私もこの本を読んで、これほど真剣に深く卓球界全体のことを考えていたのかとイメージが変わりました。
      ただ単に奇抜なことをするだけの人は面白くもなんともないですが、真剣に考えた上でのトリッキーな言動は面白いですよね。
      四元さんは、選手としての実力以外の部分で人を惹きつけられる稀有な存在だと思います。
      また何か面白いイベントを仕掛けてほしいですねぇw

    • ラケットマンさん
      斬新なラケットになりそうですねぇ。
      原宿あたりで売ってても違和感のないキュートでポップなラケットが生まれそうですねw

  • そう言えば、「SHIBUYA109に卓球ショップが出店したら」みたいなのをどこかのブログで見た気が…四元さんやらないかな…

    • Kさん
      それ私のブログですね 笑
      初期のころに書いたやつです。
      実現するなら四元さんにプロデュースしてもらいたいですねぇ。
      巣鴨に中高年専用の卓球ショップを出すのもありですね(プロデュースは宮崎義仁さんで)。

    • Kさん
      おお、旧ブログからの読者さんでしたか。
      本当に嬉しい限りです。
      アホブログですが、今後もどうぞ宜しくお願いしますっ。

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