卓飯 ~テーブルでは卓球と旨い飯を~ 第4ゲーム『ゲンを担ぐちゃんこ鍋』

 

作品概要

※ブログで執筆する都合上、一般的なシナリオのルールとは少し違う書き方をしています。
※登場する卓球場や飲食店はすべて架空です。

【シナリオ用語】
N=ナレーション
М=モノローグ(心の声)
同=同じ場所

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〇 健司と芽衣のマンション・部屋(朝)
 芽衣、キッチンで朝食を作っている。
 健司、寝室から出てリビングに来る。

健司「(あくびをして)おはよう」
芽衣「おはよう健ちゃん。昨日は寝るの遅かったの?」
健司「うん。自作ラケットの研究と開発に没頭してたら夜が明けちゃって」
芽衣「またそんな無駄なことやってたの。好きだよねぇ健ちゃんも」
健司「男のロマンを無駄の一言で片づけるのはやめなさい」
芽衣「もうすぐごはんできるから、先に顔でも洗っといて」
健司「いや、それなんだけどさ、俺今日から1週間、顔を洗わないでおこうかと思ってるんだよね」
芽衣「え? なんで?」
健司「ゲン担ぎをしようと思ってさ」
芽衣「ゲン担ぎ?」
健司「俺1週間後に大会に出るじゃない」
芽衣「うん」
健司「最近は芽衣とのダブルスで出場してばかりだったから、シングルスの大会に出るのが久しぶりでしょ。だからめちゃくちゃ不安なのよ」
芽衣「うん」
健司「だから練習以外にさ、ちょっとでもプラスになることをやろうと思って」
芽衣「それでゲン担ぎをやろうと?」
健司「そういうこと。前回の大会は見事に予選リーグを突破したじゃない。だから前回と同じ行動を取ってゲンを担ぎたいんだよね。確か大会当日は寝坊したから時間がなくて顔を洗わずに家を出た覚えがあるんだよ。だから顔を洗わないのは俺にとって縁起がいいことなのかもしれないと思って」
芽衣「そんなの関係ないって。顔を1週間も洗わないなんて気持ち悪いからやめてよ」
健司「やっぱりダメか……。となると、ほかによくあるのは食べ物だよなぁ」
芽衣「カツを食べるとか」
健司「そうそう。でもそれってベタ過ぎてあんまり効果なさそうじゃない?」
芽衣「ベタだから効果がないってことはないと思うけど。じゃあ、ウィンナーは?」
健司「ウィンナー?」
芽衣「勝利者って意味のウィナーとひっかけてるの」
健司「なるほど、面白いね。でも、なんかピンとこないよね」
芽衣「は?」
健司「もっとこう、いい感じのゲン担ぎってのはないものかねぇ」
芽衣「そんなところにこだわらなくてもいいよ。トップアスリートじゃないんだから」
健司「まあそうなんだけど、考え出すとどんどん不安になっちゃって」

 芽衣、朝食をテーブルに運ぶ。

健司「そうだ。前回大会のときに穿いてたパンツを今日から大会当日まで穿き続けるってのはどう?」
芽衣「却下」
健司「だよね」

〇 江東区の卓球場・表
 健司と芽衣が歩いてやって来る。
 コンビニエンスストアの上(2階)に卓球場がある。
 外階段で2階へ上がる。

〇 同・中
・ 健司と芽衣以外に客はいない。

健司のN「ここはコンビニの2階にある珍しい卓球場。1年前に芽衣と初めてきたんだけれど、そのときに偶然発見したあることに感動し、また今年も春にやって来た」

 健司と芽衣、練習を始める。

健司のN「なにが良いのかっていうと――ほら、見てよ」

 窓の外に満開の桜の木。

健司のN「桜を見ながら卓球ができる場所なんてなかなかないよね。開け放した窓から入ってくる風も心地いいし。これぞ春卓球の醍醐味ってやつだ」

 全力のフォアドライブを決める健司。
 強烈なバックハンドからスマッシュを決める芽衣。

健司のN「芽衣との練習は基本的には夜に行うことが多いけど、春はできるだけ昼間から打つようにしている。心地よすぎて練習に集中できないことがあるのがたまにキズだけど」

 ×   ×   ×
 健司、チャンスボールをフルスイングするが、ラケットの角に当たってボールが窓から外へ飛び出す。

健司「あっ……取ってくる」

・ 健司、小走りで卓球場から出ていく。

〇 同・裏庭
 ボールを拾う健司。
 桜の木を見上げてうっとりしている健司。

芽衣「(2階の窓から身を乗り出して)健ちゃん早く~」
健司「はーい」

・ 健司、小走りでかけていく。

タイトル『卓飯 ~テーブルでは卓球と旨い飯を~』
第4ゲーム 『ゲンを担ぐちゃんこ鍋』
軽快なラリー音が響く。

 

〇 同・表

健司「いやぁ、気持ちいい練習だった」
芽衣「試合が近いのにふぬけた練習してたらダメじゃん」
健司「今日は特別」
芽衣「(腕時計を確認して)さて、今日行くお店は5時からだから――」
健司「あと3時間もあるね」
芽衣「とりあえず両国に移動して、どっかでお茶でもしよっか」
健司「そうしましょ。国技館も見たいし」

〇 墨田区・道(夜)
 健司と芽衣が歩いている。

芽衣「このへんにあるはずなんだけど」
健司「(指をさして)あれじゃない?」
芽衣「お、そうだね」

〇 ちゃんこ屋・表
 まわし姿の力士のパネルが置いてある。
 看板には『ちゃんこ剛力』の文字。

 

〇 同・店内
 健司、ちゃんこ屋の戸を開ける。
 がっしりした体格の大将・元小結の剛力丸(40)がいる。
 厨房には2人の男性従業員。

大将「いらっしゃい。2名様?」
健司「はい」
大将「どうぞ」

 健司と芽衣、座敷席に座る。
 壁にはたくさんの力士の手形付きサイン色紙が飾られてある。

健司「(大将に)生2つ」
大将「はい、生2つ」
健司「あの人がここの大将? 体格からして、やっぱり元力士?」
芽衣「うん。小結までいったらしいよ」
健司「へえ、凄いね」
 大将、ビール(ジョッキ)と、お通しの鶏皮ポン酢を持って来る。
芽衣「じゃあ、とりあえず、今日もお疲れ様」
健司・芽衣「(ジョッキを掲げて)ラブオ~ル」
 健司と芽衣、ビールを飲む。
健司「はふ~~ん」
芽衣「ぷは~~ん」

 健司と芽衣、メニュー表を開く。
健司「ちゃんこの種類は鶏ちゃんこで、塩、醤油、味噌、キムチの4種類から選ぶのか。う~ん、どれも旨そうだなぁ」
芽衣「私は塩がいいんだけど」
健司「塩ね、うん、俺も塩好きだからそれでいいや」
芽衣「すみませーん」
 大将が来る。
健司「塩を2人前ください」
大将「はい、塩2人前」

 健司と芽衣、鶏皮ポン酢を食べてビールを飲む。

健司「はぁ~、旨い」

 ×   ×   ×
 従業員が鍋を持って来て、卓上コンロの上に置く。

健司「元力士のちゃんこ鍋って、絶対に美味しいだろうなぁ。この店って評判のお店なの?」
芽衣「ううん。最近オープンしたばっかりだから未知数かな」
健司「じゃあなんでここにしたの?」
芽衣「評判のお店より新しいお店を開拓する方が面白いじゃない」
健司「なるほど。わかる気がする。俺も新しいラバーが出るとすぐに買っちゃうからなぁ」

 ×   ×   ×
 鍋がグツグツと煮えている。
 健司、器によそって芽衣に渡し、自分の分もよそう。
 健司と芽衣、鶏ちゃんこを食べる。

健司「うん、旨い」
芽衣「美味しいとしか言いようがないね」
健司「このつくね、旨過ぎる」

 ×   ×   ×
 芽衣、ビールを飲み干す。

芽衣「(従業員に)すみません。生もう1杯」
健司「それと、追加で海老とつくねとニラと椎茸ください」
芽衣「あと、どすこいまぐろ納豆」

 ×   ×   ×
 従業員がビール、追加の食材、どすこいまぐろ納豆(いわゆる普通のまぐろ納豆)を持って来る。
 芽衣、どすこいまぐろ納豆を食べる。

芽衣「うん、どすこいって感じがして美味しい」
 健司、どすこいまぐろ納豆を食べる。
健司「気持ちの問題だと思うけど、料理名にどすこいって付いてると美味しく感じるね」
 健司、ビールを飲み干す。

 ×   ×   ×
 ちゃんこを食べている健司と芽衣のもとへ大将がやって来る。

大将「いかがですか。ちゃんこのお味は」
健司「いやもう、すっごく美味しいです」
大将「ありがとうございます」
健司「元力士の人が作るちゃんこはやっぱり違いますね」
大将「ちゃんこ番の期間が長かったもんで、いろいろと自分なりに研究してた経験が活かされてるのかもしれません。お恥ずかしい話、相撲より料理の方がうまいなんて言われてました」
芽衣「小結までいけば大したものじゃないですか」
大将「ええ、まあそうなんですけど、もっと稽古を頑張ってやればよかったなって思いますよ。ゲンを担いだりとか、そんなことばっかり熱心にやってましたから。それじゃうまくなりませんよね」
健司「お相撲さんもゲン担ぎとかやるんですか」
大将「力士はゲンを担ぐ人が多いですね。場所中は勝っている間は髭を剃らないとか、マゲを洗わないとか。ちゃんこに使う肉もゲンを担いで基本的には鶏肉を使いますし」
健司「なんでですか?」
大将「牛や豚は地面に手をついてるけど、鶏は2本足で立ってるから手をつかない。相撲は手をついたら負けなんで、手をつかない鶏の肉を使うんです」
健司「(感心して)なるほどぉ。面白いですねぇ」
大将「鶏つくねは白星に見立ててるんですよ。白星をトリにいくっていう意味を込めて」
健司「おお、うまい」
大将「ちなみに両国国技館の地下には大きな焼き鳥工場があります」
健司「えっ、焼き鳥工場!?」
大将「はい。かなり大きな焼き鳥工場があって、場所中なんかは毎日大量に作ってますよ。『国技館やきとり』って名前で国技館で売ってますよ。東京駅とか上野駅でも売ってるみたいですけど」
健司「へぇ~、そうなんだ」
芽衣「それだけ縁起物なんですね、鶏は」
健司「卓球も台に手をついたら失点になるから、手をつかない鶏を食べるってのはいいかもね」
芽衣「わざわざそんなゲン担ぎしなくても、台に手をついて失点になることなんてないでしょ」
健司「……そうだね」

大将「シメはどうされますか」
芽衣「え~っと、なにがオススメですか」
大将「餅入り雑炊ですね」
健司・芽衣「それで!」

〇 道
 健司と芽衣が歩いている。

芽衣「気さくな人だったね、大将。ちゃんこも絶品だったし、また行きたいね」
健司「うん。近いうちにまた行こうよ。ちゃんこも旨かったけど、今日はいいヒントをもらった気がするよ」
芽衣「なんの?」
健司「ゲン担ぎの。俺がやろうとしてるゲン担ぎもさ、卓球ならではのやつにすればいいんじゃないかと思ってね」
芽衣「今朝言ってた話? ベタなゲン担ぎはダメだってやつ」
健司「うん。お相撲さんみたいにさ、その業界ならではのゲンの担ぎ方ってのを考えれば効き目がありそうな気がするんだよ。卓球人ならではのやつ」
芽衣「難しそうだね……」
健司「なんかないかなぁ」

 自宅マンションの近くに来て

芽衣「あ、コンビニ寄るの忘れちゃった」
健司「なにがいるの? 俺買ってくるよ」
芽衣「じゃあ悪いんだけど、麺つゆと牛乳をお願いします」
健司「オッケー。行ってきます」

〇 健司と芽衣のマンション・部屋
 健司が買い物を終えて帰って来る。

健司「ただいま戻りましたー」
芽衣「健ちゃん遅かったね」
健司「ごめんごめん。近所のコンビニにストレートの麺つゆがなくてさ、あちこち探し回っちゃった」
芽衣「ストレートじゃなくてもよかったのに」
健司「いやいや、俺ってストレートに打つのが苦手でしょ。少しでも上手くなるためには濃縮じゃなくてストレートがいいかなと」
芽衣「なに、ゲン担ぎ?」
健司「そうそう」
 健司、袋から納豆を取り出す。
健司「あと納豆も大会まで毎日食べることにしたよ。カットマンと当たっても最後まで粘って勝てるように」
 健司、袋から大量の缶ジュースを取り出す。
健司「それと、大会が終わるまではビールも我慢して、毎日風呂上りにジュースを飲むことにした。ジュースを制するっていうゲン担ぎ」
 健司、袋からゆで卵を取り出す。
健司「それからゆで卵。生卵はピン球が割れるイメージに繋がるから縁起が悪いでしょ。だから割らないゆで卵を食べようと思って。これも一種のゲン担ぎだね。明日から朝のたまごかけごはんはしばらくおあずけかな、あはは」
芽衣「(呆れている)なるほど。卓球人ならではのゲン担ぎってことですか……」
健司「そういうこと」
芽衣「で、牛乳は?」
健司「……………あ、忘れた」
芽衣「(鬼のような表情になって)健ちゃん……もっかい行ってきなさい!」
健司「はい! 行ってきまっす!」

 健司、勢いよく飛び出していく。

健司のN「それから1週間後の大会当日の朝、芽衣は朝食にチキンカツを作ってくれた。自分のウチでカツを食べたら“ウチカツ”になる。つまり“打ち勝つ”というゲン担ぎになるということだった。さすが芽衣、粋なことを考えてくれる。だけどこんな素敵なサプライズがあることを……」

 健司、必死に通りを走っている。

健司のN「このときの俺はまだ、知る由もない」

(了)

 

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8 件のコメント

  • 面白かったです!
    自分もゲン担ぎやジンクスは気にしてしまいます。
    試合の日は絶対に黒いパンツは穿いていかない、ですとか、ちくわは食べない、等を結構気にしちゃうタイプです(笑)
    次回も楽しみにしてます。

    • 卓球主義さん
      ありがとうございます!
      ちくわは食べないというのは面白いゲン担ぎですね(笑)
      私は基本的にゲン担ぎはやりませんが、これを機会に何か考えてみようかと思います(ちくわを断とうかな)。
      次回作もよろしくお願いしますww

  • 地区予選なのですが昨日決勝まで進むことができました!
    カットマンは個人戦でも声援を受けれるのがある意味強みですかね
    そういえば朝甘酒を飲んで試合に行ったような…
    ゲン担ぎで試合前には毎日飲みます笑

    • しんこうしんこうさん
      決勝進出おめでとうございます!
      カットマンは注目を集められるのが醍醐味と言えますよね。
      毎日呑むというゲン担ぎはいいですねぇ。
      ちょっと酔いが残っていてリラックス効果があるのかもしれませんね 笑
      緊張せずにいつも通りのプレーができることが何より大事ですから、このゲン担ぎはありですね 笑

    • シェーク裏裏野郎さん
      ありがとうございます!
      今回は入れないでおこうかとちょっと迷ったんですけど、やっぱり入れちゃいました(笑)

  • 一気に拝読しました。
    健司さん験の担ぎすぎですね。芽衣さんもそれを受けて
    朝食のチキンカツ(ウチカツ)さすがですね。
    チャンコ店の「どすこいまぐろ納豆」。ネーミングにインパクトあります。
    料理名の頭に「どすこい」をつけるとみんなボリューミーになりますね。
    今夜は「どすこいイカ納豆」といきますか。
    ナルコさんもうすぐ試合ですね。ちくわとハスで見透しよくなるでしょう。

    • ペンドラ直ちゃんさん
      ありがとうございます!
      健司のドタバタっぷりもだいぶ板についてきました(笑)
      「どすこいイカ納豆」どすこい効果でめちゃくちゃ美味しそうに感じますw
      ネーミングはあなどれませんね。
      ちくわは見通しが良くなるというゲン担ぎだったんですねぇ。
      これなら簡単にできますね。
      試合前に食べてみようと思います!

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