半世紀に渡る指導者人生がまるごと詰まった『魅せられて、卓球』(近藤欽司・著)

 

先月発売されたばかりの、近藤欽司さんの『魅せられて、卓球』(卓球王国)を読了。

 

 

 

近藤さんが卓球人生の集大成のような本を出すってことで、発売前から期待していたこの本。
さっそく取り寄せて読み倒したわけなんだけれど、読む前は近藤さんのこれまでの人生の振り返りがメインの「我が卓球人生に悔いなし!」的な自伝本かと思っていたんだけれど、そうではなかった。

前著『夢に向かいて』から14年の歳月が経ち、卓球界にも新しい波が押し寄せた。この新しい波に対応すべく、新しい練習方法をなどを伝えたいと思ったことが本書を発刊するきっかけだったという。

全日本女子監督、白鵬女子高監督、エリートアカデミー女子監督&男女ヘッドコーチ、サンリツ女子チーム監督などを歴任し、多くの名選手を育て上げた名将の、半世紀におよぶ卓球人生で培った指導術のノウハウが、本書にはグリグリに詰まっている。

近藤さんと言えば、よくダジャレを言っているひょうきんな人というイメージで、穏やかで優しい人なんだろうなという印象しかなかったんだけれど、若いころは「勝利第一主義」で、選手に対してもむちゃくちゃ厳しかったという。
けれど36歳のときに大病(心臓の手術を受ける)にかかり、それまでの指導法を見直し、「勝つ指導」から「育てる指導」へと方針を変えるきっかけになったそうだ。

本書には、監督を務めた各チームでの指導法や裏話などが紹介されているんだけれど、それらを読んで感じるのは、近藤さんが指導者として最も優れている点は「言葉力」なのではないだろうかということ。

「第5章・言葉の力」には、アドバイスのテクニックやベンチコーチ術などが紹介されているが、最も印象に残っているのは、この章の中で語られている、ダジャレやユーモアの重要性についてである。
近藤さんは、「ユーモア」は指導者のスキルだと語っていて、自身がよくダジャレを言うようになったのも、指導者として自分に欠けているものを探した時に行きついたスタイル、と言っている。

私はどちらかというと生まじめな人間。そういう人間はひとつのことについて努力も我慢もできますが、幅がなくて余裕がない。卓球というのはそれでは勝てない競技であり、やはり相手を見る余裕が必要です。また、指導者として選手に物事をわかりやすく伝えるためには、ジョークというのは欠かせないものだと思います。

つまり近藤さんは、伊達や酔狂でダジャレを言っているわけではなく、より良い指導のために必要だから言っているわけである。

連続得点の意識を持たせるために、連続で二本取れる人が本当の「二本人」だよと言ったり、ミスが多い人には「ミス〇〇」とそこの地名の称号を与えたり、ジョークも言います。次回会うと向こうから「ミス〇〇です」と言われたりして、そこでまた雰囲気が和みます。

これはほんの一部の抜粋なんだけれど、これまでの卓球本で、ダジャレやユーモアの重要性をこれほど真剣に語っている本はなかったのではないだろうか。

そう言えば私が学生時代に教えてもらっていた指導者もよくダジャレを言う人だったけれど、卓球とは関係のないダジャレがほとんどで、それはもうただ思いついたダジャレをとりあえず言ってみるというだけで、聞かされた方はリアクションにただただ困るのである。

それではいかんわけで、いかに卓球に絡めたダジャレやユーモアを言って、選手とコミュニケーションをはかったり、指導者の考えをわかりやすく伝えられるかが大事なわけである。

言うなれば落語家のようなものだろうか。
古典落語というのは江戸や明治期の習慣や言葉が多く出てくるため、いきなり本題(演目)に入ると意味がわからなかったりするわけで、そこで最初に本題に絡めた話(マクラ)をして、笑わせながら本題の前フリをするわけである。

真打・近藤欽司師匠がやっているのはまさにそれで、ダジャレ(マクラ)で選手を笑わせながら心を掴んだうえで、自身の考え(本題)を伝えるわけだ。

もちろん本書の文中にもちょいちょいダジャレを挟んでおり、クスッと笑わしてくれる。

この本は指導者や卓球選手はもちろんだけれど、「最近、ダジャレが部下にまったくウケないんだよなぁ・・」とお悩みの部長さんたちにも必携の1冊と言えるかもしれない。

 

また、近藤さんの多球練習は凄いという話は聞いていたんだけれど、本書にも「私は多球練習を通じて選手と心を交わし、練習するのが基本のスタイル」と書かれており、次のように語っている。

球出しには体力も必要ですから、私も体力トレーニングは欠かさずに取り組んでいます。「良い多球練習ができなくなったら指導者は引退」だという思いで、今も頑張っています。

御年75歳にしてまだまだ現役というこのカッコよさ。

『魅せられて、卓球』は、近藤さんの最後の本にはならないだろう。
10年後にまた新たな近藤哲学の詰まった卓球本を出版することを大いに期待したいところである。

その本のタイトルは、やはりダジャレというか、名作映画のパロディで、『欽司られた遊び ~卓球と、遊び遊ばれ60年~』なんていうのはどうだろうか。

 

2 件のコメント

  • 近藤さんの講習を受けたことがあります。
    ちょくちょくダジャレを挟んで楽しい講習会でした。
    最初は参加者も緊張ぎみでしたが、ダジャレでほぐれてました。
    やはり大事ですね、笑いは(笑)。

    • げんさん
      おお、近藤さんの生ダジャレを聞けたなんて羨ましいですね~。
      寂聴先生の生説法を聞いたくらいの価値はありますね 笑
      もはや名人芸の域に達してると言っても過言ではない 笑

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