卓飯 ~テーブルでは卓球と旨い飯を~ 第2ゲーム 『パートナーの良さを引き出す 半熟たまごのカレーライス』

 

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※ブログで執筆する都合上、一般的なシナリオのルールとは少し違う書き方をしています。

【シナリオ用語】
N=ナレーション
М=モノローグ(心の声)
同=同じ場所

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〇 国分寺市の卓球教室(夜)
五台の卓球台が並んでいる。それぞれの台で生徒が練習をしている。
戸倉健司(28)、一番奥の台で若い男性コーチと多球練習でフットワーク練習をしている。バテバテになりながらも、必死に食らいついている。
戸倉芽衣(28)、初対面のおじさんと練習をしている。

コーチ「ラスト10球!」
健司、必死に動きながらドライブを打つ。
健司「(最後の1球をスマッシュする)ふんっ!」
威力はないが、なんとかスマッシュボールがコートに入る
コーチ「飛びきがだいぶ良くなりましたね」
健司「(息を切らしながら)ありがとうございます」
コーチ「もっとスイングを速くすることを意識すればさらに良くなると思います」
健司「はい」
コーチ「あとはミドル処理ですね。詰まって手打ちになることが多いので、体をしっかりとひねってフォアドライブできるといいですね」
健司「わかりました。練習します。ありがとうございました」
コーチ「(全生徒に)本日の教室はこれで終わります。ここから30分間フリーなんで、自由に練習してください」
生徒一同「ありがとうございました~」

健司、椅子に座ってスポーツドリンクを飲む。
芽衣、ペットボトルの水を飲む。

芽衣「健ちゃんバテてる場合じゃないよ。ダブルスの練習するよ」
健司「ああ、そうだった」
芽衣「(周りを見回して)誰がいいかなぁ」
健司「あのおじさんとかいいんじゃない」

談笑している二人のおじさん。その片方は、さっきまで芽衣と打っていた人。

芽衣「健ちゃん、レツゴー」
健司「俺?」
芽衣「もちろん。他に誰がいるの」
健司「はいはい」
健司、おじさん二人に近づいて、
健司「すみません。僕たちとダブルスの試合をやってもらえませんか?」
おじさんA「ん? ダブルス?」
顔を見合わせる二人。
おじさんB「俺らでよかったら、いいよ」
健司「ありがとうございます」

・ ×   ×   ×
四人で向かい合い「お願いします」と頭を下げて試合開始。
健司、おじさんAのサービスをチキータレシーブするがオーバーミス。

健司「あっ」
芽衣「どんまいどんまい」

・ ×   ×   ×

※試合シーン

芽衣のバックハンドスマッシュが決まる

健司、大振りの裏面打法でミス。

芽衣のフォアハンドスマッシュが決まる。

健司、おじさんBのドライブに対し強引にカウンターを狙いにいってミス。

おじさんAのスマッシュが決まってゲームセット

・ ×   ×   ×
椅子に座っている健司、肩を落として落ち込んでいる。

芽衣「そんなに落ち込まないでよ、健ちゃん」
健司「いや、負けたのは完全に俺のせいだから……」
芽衣「そういう時もあるって」
健司「そういう時しかないような気がする」
芽衣「まあ、反省会はいつものように食べながらやろうよ」
健司「今日はあんまり食欲ないよ」
芽衣「え~、今日は健ちゃんの好きなカレーの美味しいお店に行こうと思ってたんだけどな」
健司「むむ? カレー?」
芽衣「うん」

健司、勢いよく立ち上がって、

健司「よし、行こう!」
芽衣「……」
健司「落ち込むのは美味しいカレーとビールを堪能してからでも遅くはない」
芽衣「意味わかんないんだけど」

タイトル『卓飯 ~テーブルでは卓球と旨い飯を~』
第2ゲーム 『パートナーを引き立てる 半熟たまごのカレーライス』
軽快なラリー音が響く。

 

〇 国分寺・道
健司と芽衣、通りを歩いている。

健司「外食でカレー食べるの久しぶりだなあ」
芽衣「そうなの?」
健司「うん。試合が近いからちょっと体を絞ろうと思って食べてない」
芽衣「へえ」
健司「国分寺のカレー屋といえばあそこでしょ? 海老フライカレーで最近話題になってる、なんちゃらカレー堂。でっかい海老フライが3匹も乗っかってるんだってね。揚げたてサクサクの衣にカレーを絡ませて食べる絶妙な食感。考えただけでもワクワクするよね。しかもボリューム満点だから練習後の食事には最高。今日はもうカロリーなんて気にせずに食べちゃってもバチは当たらないよね。うん、ガッツリ食べちゃおう」
「あれ?」と健司、芽衣を見失う。少し引き返してキョロキョロして、芽衣の後ろ姿を見つけて慌てて追いかける。

〇 住宅街
健司と芽衣がやって来る。
二人の視線の先に喫茶店のような外観のお店がある。白くて落ち着いた雰囲気。

〇 カレー屋・表
看板には『シゲさんのカレー』と書いてある。
芽衣、ドアを開けてカレー屋に入る。
健司「え? ここ?」

 

〇 カレー屋・店内
白を基調とした内装。余計なものがなくスッキリしている。客は誰もいない。
店の奥から店主のシゲさん(53)が出てくる

シゲ「お、芽衣ちゃん」
芽衣「シゲさん久しぶり」
シゲ「久しぶりだね。(席を示して)どうぞ」
健司と芽衣、テーブル席に座る。
シゲさん、水の入ったグラスとおしぼりを二人の前に置く。
芽衣「(健司を示して)ウチの旦那です」
シゲ「どうも、シゲです」
健司「あ、どうも、健司です」
芽衣「卓球教室で練習した帰りなの」
シゲ「そういえば言ってたね。夫婦でダブルス組んでるって」
芽衣「区大会優勝を目指してるんだけどね、なかなか大変よ、実際」
シゲさん、カウンターに戻る。

健司「カレー屋なの? ここ」
芽衣「うん、カレー屋」
健司「常連なの?」
芽衣「健ちゃんと結婚する前から通ってる」
健司「そんな前から? ぜんぜん知らなかった」
芽衣「とっておきの店だから、めったなことでは教えないの」
健司「旦那なのに……」

芽衣、「はい」と小さなメニュー表を健司に差し出す。
健司がメニュー表を開くと、
“福神漬カレー 800円 半熟たまごカレー 800円 ナスカレー 850円”

健司「これだけ……」
健司、声をひそめて、
健司「ハンバーグカレーとかカツカレーは?」
芽衣「ないよ」
健司「そうなんだ……。いや、まあべつにいいんだけど、海老フライカレーのなんちゃら堂に行くもんだと思ってたから、身も心もガッツリ系カレーを食べる気満々になっちゃってるもんで……」
芽衣「いいからいいから。とりあえず選びなよ」
健司「(メニュー表を見つめて)じゃあ、半熟たまごで」
芽衣「お、ナイスチョイス。やるね」
健司「やるねって、3択だからね。(メニュー表を見つめて)やっぱりナスにしよっかな。こっちの方が食べ応えがありそうだから」
芽衣「ほお、それまたナイスチョイス」
健司「でもわざわざメニュー表に福神漬って書いてあるのも気になるなあ」
芽衣「ほお、お目が高い」
健司「結局ぜんぶ褒めてるじゃないの」
芽衣「どれも絶品だからね」
健司「やっぱり半熟たまごにするよ」
芽衣「じゃあ私は福神漬。シゲさん、半熟たまごと福神漬。それと、生2つ」
シゲ「はいよ」

シゲさん、健司と芽衣の前にそれぞれビール(グラス)を置く。
芽衣「じゃあ、とりあえず、今日もお疲れ様」
健司・芽衣「(グラスを掲げて)ラブオ~ル」
・健司と芽衣、ビールを飲む。
健司「はふ~~ん」
芽衣「ぷは~~ん」

・ ×   ×   ×
シゲさん、半熟たまごカレーを健司の前に置く(半熟たまごは皿の中央に乗っかっている)。

健司のM「見た感じはごくごく普通のカレーだな」
健司「いただきます」
健司、一口食べる。
健司「(驚きの表情)うまい」
芽衣「でしょ」
健司、さらに一口、二口食べて、
健司のM「どこか懐かしい味がする。子供の頃に食べたような」
シゲさん、福神漬カレーを持って来て芽衣の前に置く(福神漬は皿の中央に盛られている。入っている野菜は大きめにカットされている)。
芽衣、一口食べて、
芽衣「(しみじみと)ああ、やっぱりシゲさんのカレーは最高」

健司のM「では、次は半熟たまごを絡めてと」
健司、半熟たまごを絡めて一口食べる。
健司のM「おお」
芽衣「どう?」
健司「めちゃくちゃ旨い」
芽衣「絶妙でしょ」

健司、カレーを食べてビールを飲む。
芽衣、福神漬を食べる(福神漬を噛むシャキシャキとした音が響く)。
芽衣、ビールを飲み干す。

芽衣「シゲさん、ビールもう一杯」
健司「半熟たまごのカレーってこんなに旨かったんだ」
芽衣「いつもハンバーグとかカツだもんね」
健司「うん……」
芽衣「まあ、シゲさんの半熟たまごはこだわってるから、また特別なんだけどね」
シゲさん、ビールを持ってくる。
芽衣「(シゲさんに)この3つのメニューに行きつくまでけっこう大変だったんだよね」
シゲ「まあ、相当研究はしたよね。それでいろいろ食べた結果、一番カレーに合うと思ったのがこの3つだったんだよね」
健司「(感心して)へえ」
シゲ「ハンバーグやカツも悪いとは言わないけど、主役同士の組み合わせが究極の組み合わせなのかっていうと、そうとは限らないんだよね。カレーの主役はあくまでカレーであって、上に乗っけてるものじゃない。カレーに組み合わせる食材は、いかにカレーを引き立たせるかが大事なんだ。カレーのパートナーとしてカレーの良さを引き出してこそ、己も一緒に輝くってわけ。そういうカレーこそが、ハンバーグカレーやカツカレーにだって勝てる最高に旨いカレーってもんだよ」
健司「なるほど」
シゲ「でもお店で出すからには普通の半熟たまごや普通の福神漬ではダメだから、そこもこれでもかってくらい研究したよ。美味しい半熟たまごの作り方とか、美味しい福神漬の作り方をね」
健司「メニューに福神漬カレーがあることに驚きました」
シゲ「福神漬って、単なる添えものっていうイメージでしょ? でもポテンシャルを引き出してやれば、カレーの最高のパートナーになれるんだよ。だから盛り付ける量とか食感とか徹底的にこだわって、いろいろと研究したってわけ」
健司「(感心して)そうなんですか」
シゲ「もちろんナスもだよ。美味しく素揚げするコツも研究したから、絶品だよ」
芽衣「そう、絶品。一番ビールに合うのがナスカレーだね」

健司と芽衣、カレーを食べ、ビールを飲む。
しばらく黙々と食べて飲む。

 ×   ×   ×
健司「(大きな声で)そうか、わかった!」
芽衣「なによいきなり」
健司「俺はハンバーグになろうとしてたんだ」
芽衣「……」
健司「俺の卓球ってのはさ、両ハンドで積極的に攻撃するっていうスタイルでしょ。だからダブルスでもレシーブからとにかく積極的に攻撃してたわけさ」
芽衣「うん。そうだね」
健司「でもそうじゃなくて、ダブルスに必要なのは“パートナーの良さを引き出す”っていう視点だったんだ。芽衣は俺よりだいぶ攻撃力が上なわけだからさ、いかに芽衣が攻撃しやすいように演出するかっていうのが俺の役目だったんだ」
芽衣「私がカレーで健ちゃんが半熟たまご?」
健司「ちょっと悔しいけど、そういうこと。なのに俺は、ダブルスってのは2人でガンガン攻めることが大事だと思ってたんだよ。シングルスと同じように」
芽衣「うんうん」
健司「でも、芽衣の良さを引き出すために自分はどうあるべきかってことを研究すべきだったんだよ。シゲさんの半熟たまごや福神漬のように」
芽衣「シングルスの実力者同士が組んだら強いダブルスになるとは限らないもんね。ワルドナーとパーソンっていうレジェンド世界チャンピオン同士が組んでもダブルスでは世界チャンピオンにはなれなかったしね」
健司「そう言えばそうだね。2人のバランスが大事ってことだね、ダブルスは」
芽衣「そういうこと。それに気づいてもらいたくて、今日ここへ連れて来たんだよ」
健司「(疑いの視線を向けて)絶対に違うね」

芽衣、ビールを一口飲んで、
芽衣「シゲさん、いつものシメを」
シゲ「はいよ」
健司「シメ? カレー?」
芽衣「ううん。メニューには載ってないやつ」

 

・ ×   ×   ×
シゲ「はい、お待ち」
二つのカレーパンが入った器をテーブルに置く。
健司「これは?」
芽衣「カレーパン」
健司「ほお、カレー屋さんが作ったカレーパン」
芽衣、カレーパンをかじり、ビールを飲む。
芽衣「カレー以上にビールに合うんだなあ、これが」
健司「(空のグラスを掲げて)僕もビールおかわり」

健司、カレーパンをかじり、ビールを飲む。
健司「う~ん、これはたまらん。最強の組み合わせかも」
シゲ「ちょっと辛めな味付けがね、ビールに合う秘訣なんだよ」
健司「うん。ピリ辛がたまりません」
幸せそうな表情でカレーパンを食べる健司。
芽衣、ビールを飲み干す。

〇 道
健司と芽衣がほろ酔い気分で歩いている。

健司「こだわりのカレーに、絶品のカレーパン。それにビールまであるんだから、そりゃ芽衣が常連になるのもわかるなあ」
芽衣「ビールはもともと出してなかったんだけど、お客さんが喜ぶから絶対に出した方がいいよって、私が強引に勧めたの」
健司「自分が飲みたかっただけでしょ」
芽衣「ふふ、バレたか。でも他のお客さんにも好評だってシゲさん言ってたよ」
健司「抜群にビールに合うもんね」
健司、食べたばかりの食事を思い出し、表情が緩む。

健司「ところでさ、ワルドナーとパーソンって、どっちがカレーでどっちがハンバーグなんだろうね」
芽衣「う~ん……いや、あの2人はさ、ラーメンの中にカレーライスを入れちゃったって感じじゃない?」
健司「そこまで無茶苦茶じゃないでしょ」
芽衣「それだけ個性的ってことだよ」
健司「そうだね。あはは」
芽衣「ふふふ」
健司「どっちがラーメン?」
芽衣「どっちでもいいよ!」

ご機嫌な二人。夜の街をゆっくりと歩いていく。
夜空には満月が輝いている。

(了)

 

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8 件のコメント

  • いっきに読んでしまいました。カレーのルーとトッピングの組み合わせをダブルスのペアリングの良しあしにアナロジーとしてもっていくところは見事です。私は健啖家ではなく、ビールをひたすら飲みたいタイプなのでカレーパンをつまみに飲みたいと思いました。健司さんつなぎ頑張ってください。
    ワルドナーとパーソンのたとえ話にはつい吹いてしまいました。

    • ペンドラ直ちゃんさん
      さっそくお読み頂きありがとうございますっ(励みになります)。
      私もどちらかというとカレーよりカレーパンでビールを飲むタイプです。
      コンビニのカレーパンでもフライパンで炒めると芳ばしくなってビールと合うんです 笑

      選手の名前はすべて架空にしようと思ってましたが、このネタは実名じゃないと成立しないので、そのまま使いました。
      健司は成長しているのかいないのかよくわからない感じですが、気長に見守ってやってくださいませww

  • 面白いですね!
    前回の天ぷらに続き今度はカレー、料理のネタを上手に卓球に絡ませていくのが巧妙だと思います!お腹空いてきちゃいました(笑)

    • 卓球主義さん
      コメントありがとうございますっ。
      料理ネタと卓球をガッツリ絡ませるつもりはなかったんですが、書いてるうちに自然とこうなりましたww
      「お腹が空く」というコメントをいつかもらえたらなあと夢見ていましたが、本日頂戴いたしました 笑
      これからも飯テロ頑張りますw

  • 日常生活を卓球に生かすシリーズ個人的に好きです
    やっぱりカレーは何者にも代えがたい美味しさがありますよね
    narukoさんはカレー好きなんですか?

    • しんこうしんこうさん
      ありがとうございますっ。
      なんとかうまい具合に卓球に落とし込んでいければと思っております(けっこう大変ですが…)。
      私もカレーは大好物です。
      日本のカレーも美味しいですが、たまに食べるインド料理屋のカレーも抜群です 笑

  • お疲れ様でした。とても面白くて、次回が気になります!
    僕はダブルス苦手なので健司さんの気持ちがよく分かります!笑シングルスと同じようにやってはダメなんですよね・・・笑

    • シェーク裏裏野郎さん
      ありがとうございます(嬉)。
      ダブルスはほんとに奥が深いですよね。
      シングルスはそれほどでもない選手がダブルスのスペシャリストだったりしますからね。
      シングルスとは違った奥義があるんだと思います。うーん、難しい世界 笑

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