【架空卓球本書評】『栗原次郎物語・フォア前フリック主戦型で世界を獲った男』/臼田勝彦(著)

 

五月雨書房という聞いたこともない出版社から卓球本が出版されたという噂を聞き、さっそく取り寄せてみた。
それが今回ご紹介する本、『栗原次郎物語・フォア前フリック主戦型で世界を獲った男』である。

栗原次郎という卓球選手をご存じだろうか。
恥ずかしながら私は存じ上げなかったが、栗原氏はその昔、「日本卓球界の黄金期」と言われた1950年代に活躍した選手だという。

何がすごいって、タイトルにもある通り、その戦型がとんでもないのである。
「フリック主戦型」だったとしても十分にクレイジーだが、栗原氏はなんと「フォア前フリック主戦型」だという。

そんなものを主戦にして戦えるわけがないと我々のような凡人は思ってしまうが、ちゃんと実績を残しているのだから文句を言う余地がない。

この本の著者は卓球ジャーナリストの臼田勝彦(うすたかつひこ)さん。
臼田さんは栗原氏の学生時代からの親友で、氏の現役時代のプレーもその目で見ている人である。

そんな臼田さんが徹底的に取材を重ねて1冊の本にまとめたのが本書だ。

栗原氏が世界チャンピオンになったのはシングルスではなく団体である。しかも優勝したのは1度だけだということだが、それでも十分すぎる実績であることは間違いない。

栗原氏はペン表の選手で、伸び悩んでいた大学生時代に得意だったフォア前フリックを活かしたプレースタイルの研究に取り掛かり、30歳で代表デビューを飾った苦労人だという。

そんな栗原氏のフォア前フリックはとにかくバリエーションが豊富だそうで、それについて臼田さんは次のように語っている。

次郎のフォア前フリックは恐ろしいほど多彩だ。
例えば以下のようなフリックがある。

・一撃で決めるスマッシュフリック
・次の攻撃に繋げるためのドライブフリック
・変化で惑わせるナックルフリック
・ストップすると見せかけるフェイントフリック
・一度空振りフリックを入れてからフリックするダブルフリック
・「フリックボンバー!」と叫びながら打つ大声フリック

など、その数は全部でなんと18種類もある。
これほど多彩なフォア前フリックを持つ次郎だからこそ「フォア前フリック主戦型」を名乗れるのである。

 

思わず「ほんまでっか?」と疑いたくなるが、実際にその目で見た臼田さんが言っているのだから間違いはないはずだ。

しかしその多彩なフォア前フリックも、相手の返球がフォア前に来なければ使えないわけである。

この点について臼田さんは「次郎の対戦相手は、魔法でもかかったかのように、不思議とフォア前に返すのである」と言っている。
そして「次郎は、いかに相手にフォア前に返球させるかを常に考え、長年の研究によってそれを可能とする戦術を確立したのだ」とも言っている。

驚くべきは、相手がどんな戦型であっても、その戦術によってフォア前に返球させてしまうという点だ。

次郎はカットマンのカットでさえも、フォア前に返球させることが可能だ。
しかし、私が見た中で最も驚いたのは、ロビングが得意なヨーロッパのある選手との対戦で見せた「フォア前ロビングフリック」だ。次郎はあろうことか、フォア前に落ちたロビングを、バウンド直後をとらえて豪快なフリックを決めてみせたのである。

試合後に次郎に聞いてみると、「あの3つ前のプレーから、ロビングがフォア前に落ちるように仕向けていった。だから最後はフォア前に来るとわかっていたから待ち構えていたんだよ」と言った。

 

もうここまでくると常人では理解できない話である・・。

本書は、前半は栗原氏の半生を綴っているが、後半は18種類のフォア前フリックを連続写真付きで解説したり、フォア前に返球させる戦術の解説などが載っている。

本書を見れば奥深きフォア前フリックの謎がすべて解き明かされると言っても過言ではないだろう。

卓球の技術書としてはもちろん、己が信じた道をただひたすら追求し続けた男の一代記としても非常に面白い本である。

卓球ファンならずとも一読をおすすめする。

ちなみに、栗原氏は5年前に亡くなっているが、亡くなる直前に病室で世界選手権の放送をたまたま見ていて、日本代表選手たちがフォア前に出されたサービスをチキータで処理しているシーンを見て、「わざわざバックハンドで・・・なげかわしい・・」と言ったそうだ。

チキータができない私も「男は黙ってフォア前フリック!」の精神でいきたいと改めて思いました。

5 件のコメント

  • こんなクレイジーな人がいたなんて驚きです。
    人生をかけて追究すれば斬新な戦型でも結果を出せるというのは励みになりますね。

    • ラケットマンさん
      いやほんとに、荻村さんをはじめ、昔はクレイジーな人が多かったんでしょうねぇ。
      どんな戦型でも可能性はあることを証明する貴重な存在だと思います。
      映像が残っていないのが残念でなりません(>_<)

  • おはようございます。
    僕は、栗原氏は知りませんでした。
    ただ、フリックはチキータ全盛時代前の台上処理技術なんで、持っている人は相当な武器になったと考察できます。僕も高校時代、ペン粒でもこの技術持っておけと言われ、監督にだいぶとフリック練習を教えられました。恥ずかしながら、体得できなくて粒高プッシュで代用しましたが。
    ペン表の先輩はフリック体得して、高校近畿大会まで出場されました。

    • 中辻さん
      コメントありがとうございます~。
      まさに、チキータのない時代だからこそフリックが強力な武器になったんでしょうね。
      チキータ全盛の今も私にとっては武器ですが 笑
      でもペン粒プッシュで代用できるにこしたことはありませんね 笑

      「シェイクハンドをぶっ倒せ」、ぜひ目指してください。
      諦めなければなんとかなる・・かもしれませんw
      私はパラ卓球のイベントに行った時に客席に座っていたところがバッチリ掲載されたことはあります 笑

  • 追伸、古き良き時代のペン文化のお話ですね。
    僕もペン使いとしてこれからも細々と頑張り、いつか卓球王国の「シェイクハンドをぶっ倒せ」に取り上げられるようになりたいですね(笑)
    一生無理か(笑)

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