【卓球ショートショート ♯5】用具狂の夢

 

私はいわゆる用具狂である。

新作ラバーがリリースされるとすぐに買っちゃうし、ラケットも気になったものは買わずにはいられない。
自分の部屋には封を切っていないラバーが山のようにあるし、ラケットも30本以上あり、そのほとんどは数回しか使っていない。

私の戦型は「片面のペン裏」であるが、表ソフトや粒高、シェークのラケットなど、自分には関係ないはずの用具にまで手を出しちゃうからそうなってしまうのである。

そんなわけだから、卓球の腕はいっこうに上達しないが、そんなことはどうでもいいのだ。
同じく用具好きの仲間と集まって、試し打ちをしたり、用具について語り合ったりすることこそが、私の求める至福の時間なのである。

そんな私がオリジナルラケットを作ろうと思ったのは、病気が発覚したのがきっかけだ。

70歳の時に受けた健康診断でガンが見つかり、余命いくばくもないと告げられた。
その瞬間に私の心は決まった。オリジナルラケットを作ろうと。

10年ほど前、業界最大手の老舗卓球メーカーがドイツの企業と提携し、特殊技術を用いて行う「オリジナルラケット制作」のサービスを始めた。
非常に興味はひかれたが、その値段の高さから、私は手が出せないでいた。

しかし人生あとわずかとわかったとき、その夢を叶えたいという欲求がおさえられなくなった。
世界にただひとつの自分だけのラケットを作る。
これは用具狂にとって究極の夢である。

私は担当者と何度も打ち合わせをして、自分なりのこだわりを詰め込んだ、オリジナルラケットの設計図を完成させた。
そして膨大な量の書類にサインをし、120万円という高額な料金も支払い、あとはラケット制作がスタートするのを待つだけとなった。

それから3年後、私は天国に旅立った。

私が死んでからすぐにラケット制作がスタートした。
そして1年後、私の“骨”を使ったオリジナルラケットが完成した。

くだんの卓球メーカーのオリジナルラケット制作サービスとは、故人の骨を使い、特殊な加工技術によってラケットを作るというもの。
カーボンならぬ、ボーン100%なので試合では使えないが、最後の記念にとこのサービスを利用する用具狂は多いという。

ラケットの名前は、自分の名前が秀之(ひでゆき)なので、シンプルに「HIDE73」にした。
73というのは、私が73歳で死んだからである。
メーカ側には、私が死んだときの年齢を数字で入れてくれと頼んでおいたのだ。

「HIDE73」は、私の用具コレクションの中でも最高の逸品だ。
どんな打球感なのか、できれば自分でも打ってみたいが、こればっかりはどうしようもない。

いまこのラケットは、妻の貴子が大事に保管してくれている。

 

「あなた、今日はメーカーさんに最後の打ち合わせに行って来ますよ」
貴子が私の仏壇に手を合わせて、語りかけている。

私が天国へ旅立つ少し前、例の老舗卓球メーカーは、骨ラケットの制作に加え、「故人の皮膚を加工してオリジナルラバーを作る」というサービスも始めた。
貴子はそのサービスを利用して、自分の死後、皮膚を使ってオリジナルラバーを作るつもりでいるのだ。

私が生きているときにこのサービスがあったとしても、皮膚でラバーを作るというのは・・・さすがにちょっと抵抗がある。

「私の皮膚ラバーが完成したら、HIDE73に貼ってもらうように伝えておきますね」

貴子は卓球界では珍しい、女性の用具狂なのだ。
貴子は私以上に用具を保有しているほどのツワモノである。

それじゃあ行ってきますね、と言って立ち上がりかけたとき、貴子はふとなにかを思い出したような顔をして、ゆっくりと座り直すと、また口を開いた。

「そうそう、あなたが余命宣告されてからなかなか死ななかったから、毒を盛ろうかと思ったことがあったの。早くこの目で骨ラケットを見たくて見たくてたまらなかったから。ごめんなさいね」

そう言って、うふふ、と笑った貴子の目は、用具狂という表現では生易しいほど狂気に満ちていた。

7 件のコメント

    • 山田よしお君
      もうちょいコメディチックな感じにするつもりが、オチが変わって変わって、最終的にホラーテイストになっちゃいました(>_<)

    • あんずさん
      コメントありがとうございますー。
      骨ラケットになるのはマニアの中でもかなり向こう側の人なのかもしれませんね 笑
      ではラケット型のお墓なんてどうでしょうか?

  • 「封を切っていないラバーが山のようにあるし、ラケットも30本以上」最初、自分のことを言ってるような錯覚に囚われ文章に引き込まれました。自分の骨と皮膚を使ったラケットとラバー。オリジナルラケットとは正にこの事をいうんでしょうね、皮膚という言葉から、産毛が付いてるラバー表面を想像してしまいました。フサフサした産毛は打球にどんな魔球的影響を与えるのかと…。
    ラケットはやっぱり「コツコツ」鳴るんでしょうね、骨だけに。(最後わざとらしく言う感じで)

    • つじまるさん
      コメントありがとうございますー。
      私の周りの用具狂といえばキロさんとつじまるさんなんで、知らぬ間にイメージしてたと思います 笑
      産毛ラバーはクセ球が出そうでいやですねぇw
      ニキビが多い皮膚ラバーもクセ球が出るかな?ノイバウアあたりから出たりして。
      ああっ、骨ラケットの打球音はコツコツなのか!
      いやあ気づかなかったw
      卓球教室で「骨ラケットで打つコツを教えよう、骨だけに」なんてオヤジギャグを飛ばすおっさんコーチもいたりなんかして 笑

      乱歩は私も好きです。
      次は人間椅子ならぬ、「人間卓球台」という怪しげな作品を書いてみます!

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