『卓球 知識の泉 百二十年の歩みをエピソードでつづる世界卓球文化史 』

卓球が誕生してから約130年。

その長い卓球史の中には、実に様々なドラマがある。

卓球がどのように生まれ、どのように発展して今に至るのか、大いに気になるところではないだろうか。
そこで紹介したいのがこの本である。

 

 

本書の著者は、「卓球史研究家」の藤井基男さん。
藤井さんは日本で初めてのシェークハンドのカットマンで、全日本選手権3位、世界選手権混合ダブルス3位の実績。
指導者としても全日本のナショナルチームコーチ、サウジアラビア・ヘッドコーチを歴任。
そんな藤井さんが、徹底的に資料を調べ尽くし、様々な卓球のエピソードと〝スター選手〟を紹介しながら、120年のあゆみ(出版は03年)をまとめたのが本書だ。
正しくて・おもしろくて・わかりやすい、を目指して書いたという本書は、その目標通りの仕上がりとなっており、実に正しくて・おもしろくて・わかりやすい。

ではいくつか、「ほぇ~」と思わず感嘆してしまうエピソードを紹介する。
まず、第一回の世界選手権で起きたハプニング。
男子団体に出場した七チームの総当たりリーグ戦でハンガリーとオーストリアが五勝一敗で首位に並び、プレーオフを行うことになったのだが・・・

男子シングルス優勝者のジャコビが「父、死ス」という電報を受け取ったためプレーオフには出ないで、汽車で帰国した。今なら、国際電話かファックスが届き、飛行機で帰るところ。ハンガリー・チームは、やむを得ず監督のカーリングが代わって出場した。驚いたことに、有名なテニスプレーヤーだったカーリングが、オーストリアのエースでこのプレーオフ2勝のビリンガーを破ってハンガリーに奇跡的な勝利をもたらした。

 

これって今なら、卓球の日本代表監督になった松岡修造が、水谷隼に代わって出場し、ティモ・ボルを倒すようなものでしょ。ありえない!

この第一回世界選手権では、もうひとつのハプニングがあった。

実は、この大会は「第一回ヨーロッパ選手権」として始まった大会であった。『タイムズ』も、ヨーロッパ選手権として報道している。だが、十二月十二日の会議で、アジアのインドも参加したことだし、「世界選手権」と名称変更しようということに決まった。大会初日はヨーロッパ選手権で、最終日は世界選手権というわけである。
そもそもヨーロッパ選手権なのになぜインド代表も参加したのか? アジアの中でインド卓球協会だけが特別招待を受けたのか?
当時、まだインドに卓球協会が生まれていない。それなのに、なぜインド代表が出場したかというと、イギリスの植民地時代で、インドからロンドンに留学する学生が大勢いて、これらの人びとに限って出場が認められた。しかし彼らは、イングランド代表として出場するのを嫌い、「インド」として出場することを希望し、主催者側はこれを受け入れたといういきさつがある。

大会の途中でヨーロッパ選手権から世界選手権に名称が変わるなんて、なんともいい加減な運営だねえ。

 

続いてはその昔、ハンガリー選手権で起こった「試合中にカツレツ食って失格!!」事件。

〝戦争が始まり、たびたび停電があった。ブダペストで行われたハンガリー選手権で、名手シドは三種目とも決勝に残る。夕方になってボールがよく見えない。そこで、選手たちが手押し車を押して、八キロ離れた場所へ卓球台を運んだ。そこは停電しておらず、プレーができる。男子ダブルスの決勝を始めようとした時に、空襲警報が鳴った。避難所へ行かねばならない。その途中に食堂があった。シドのパートナーであるスースは、カツレツを注文した。
警報が解除になった。二人は競技場へもどる。そしてダブルス決勝戦は二対〇とシド・スース組がリード。第三ゲームに入り、勝利は目前。そのときウェイターが「ミスター・スース、カツレツができました」と、呼びに来た。
シドの止めるのも聞かず、スースは食堂へ駆けつけた。数分たっても、彼はもどらない。そこで審判員はシド組を失格、と宣告した。〟

食べたいものがいつでも食べられる今の時代には考えられない、戦時中ならではのエピソードである。

国内初の世界卓球史(年表つき)である本書には、卓球の誕生から現代まで、卓球に関するありとあらゆる知識が詰まっている。
私は卓球の知識をできるだけ脳内に詰め込みたいと考えている稀有な人間であるが、本書は私の知識欲を十二分に満たしてくれた。

現役を引退した卓球選手は、指導者、用具の開発者、解説者、卓球場の経営などの他に、卓球のことなら何でも知っている「卓球博士」という道もある。
卓球博士となって果たして家族を養っていけるのかという不安はあるが、それはさて置き、その道をまっしぐらに目指す方には、卓球雑学てんこもりの本書は必携である。

100年以上の卓球の歴史と文化ふれて、大いに驚き大いに感心してもらいたい。
もちろん、卓球に詳しくない人が読んでも、十分楽しめる内容となっています。

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