『笑いを忘れた日 伝説の卓球人・荻村伊智朗自伝』



当ブログでは卓球の本も紹介していこうと思っているわけだが、その一冊目である今回、誰の書いた本を取り上げようかと少し悩んだが、やはりここはもうこの人しかいないということで、卓球界の父、荻村伊智朗さんの著書を選んだ。
 
荻村さんと言えば、世界選手権で12個の金メダルを獲得した偉大な世界チャンピオンであり、数多くの世界チャンピオンや日本チャンピオンを育てた一流の指導者であり、多くの著書を残した文筆家・卓球理論家でもあり、更には国際卓球連盟会長として卓球のメジャー化に向けて様々な改革を行うなど、人生の全てを卓球に捧げた、泣く子も黙る卓球界のスーパーレジェンドなのである。
 
一昔前までは、卓球は暗いスポーツというイメージがあった。
やっている人といえば、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけたネクラで奥手で不気味で七三分けで、夜になると川のほとりで「ピン球洗おか、人取って喰おか」と歌いながらボールをショキショキ洗っているとさえ思われていた(小豆洗いか!)。
 
そんな世間の卓球に対する暗いイメージを払拭し、よりメジャーなスポーツにするために荻村さんは、ブルーの卓球台やオレンジボール、白のウエア、ワインレッドのコートマット、ブルーフェンスなどを導入した。
いまでこそ当たり前になっているカラフルで明るい卓球は、荻村さんの卓越したアイデアによって作られたわけである。
 
更には、40ミリボールや11点制、サービスルールの変更、接着剤の禁止なども荻村さんのアイデアをシャララ会長が継承したものなのだという。
 
いったいどれほど卓球界に影響を及ぼした人なのか、壮大過ぎてよくわからないが、そんな荻村さんを理解するための参考書として最適なのが本書である。
本書は、荻村さんの著書、執筆した原稿、インタビューを一冊にまとめたもので、荻村さんの学生時代のエピソードから、卓球理論家としての鋭い考察・思考までを一冊で知ることができる。
 
私は卓球を始めた年齢がやや遅く(日本代表などを狙うにしては)、もう少し早く始めていればと、せんないことで思い悩んでいたことがあった。
その時父親から「荻村さんは高校生になってから卓球を始めて世界チャンピオンになった」と言われ、その事実に勇気づけられ「自分もやればできるかもしれない」と前向きに吹っ切ることができたという思い出がある。
 
今になって考えてみると、さすがに荻村さんの頃とは時代が違い過ぎて、あまり慰めにはならない言葉だということがわかるが、その時の私が救われたのは事実なので、荻村さんへの感謝は変わらない。

 

【練習は工夫次第】
 
そんな荻村さんであるが、選手時代はとにかく練習の虫。練習練習また練習。
現代の卓球選手であれば「卓球の鬼」こと平野早矢香が練習の虫として思い浮かぶが、元祖卓球の鬼である荻村さんのそれは尋常なものではない。
 
練習量もさることながら、とにかく頭を使い考えながら日々の練習に取り組んでいる点に注目してもらいたい。
決して練習環境や相手に恵まれているわけではなかった荻村さんは、その中で身になる練習をするためにどうすべきかを常に考え工夫していたのだ。

一人でも練習相手がいればありがたいことです。相手がミスばかりしても〝もしあのボールが入ったら〟として、すばやい動き、複雑な反応の訓練をすればよいのです。卓球の練習ではたいていの場合、相手がミスした瞬間に自分も力を抜きます。私も初めはそうでした。そのうち気がつきました。「これでは相手のレベルが低いと自分もそれに合わせてしまっている。〝入っていたらこうする〟と考えて反応し、それに対する動きをちゃんとつけよう。そうすれば、相手のミスを利用して一つのラリーで一回余分に練習できるのではないか」。そう思って実行してから、弱い相手に対する練習が、一段と中身の濃いものになりました。
 
自分より下手な相手でも工夫次第で質の高い練習は可能だということを荻村さんは教えてくれる。
 
他にも、サービスやスマッシュの練習の時にはネットを一・五センチ上げて練習(実践ではネットが低く見えるという)したり、目をつぶってスマッシュを打つ練習をしたりと、独創的な練習法を生み出し、日々技術を磨いていた荻村さんの姿勢には、時代が大きく変わった現代の選手であっても見習うべき点は多い。

 

【荻村さんが伝えたい卓球の魅力】
 
また、国際卓球連盟会長としての荻村さんは、卓球を知らない人にも卓球の面白さを伝えるためにはどうすればいいのかということを常に考えていた人であった。
卓球というスポーツの面白さ・魅力をどのような切り口で伝えるかというのは、当ブログも一番に考えているところであるが、これが本当に難しいことなのだ。
 
荻村さんは卓球をアピールするときに目を向けるべきは、ゲーム性、インテリジェンス性といった「多様性」であると語っている。

なぜ私が強かったかと言えば、私は「ゲームの達人」だったと思うんですね。ゲーム性という点を見ないで、「誰々のボールが一番早い、誰が強かった」と人を比較するのは、非常に初歩的な卓球選手の評価の仕方なんですよ。
卓球は、スピン、スピード、プレースメントの三要素が組み合わされ、数学的にとても高度なわけで、卓球のそういうゲーム性、インテリジェンス性にもっと注目すべきなんです。ガッツとか血と汗と涙というのは十分大切なんですけど、卓球をアピールするときに、卓球のもっとおもしろい部分、多様性に目を向けないとネクラだとかダサイということになってしまう。

 

荻村さんが亡くなってから、20年になる。
荻村さんの卓球観はまったく色褪せることなく、現代の卓球界にその叡智は息づいている。
 
選手、指導者を問わず、本書を読めば、卓球に対する心構えが嫌でも変わってしまう気がする。
特に卓球を始めたばかりの人にはバイブルとして、いつも持ち歩いてほしい一冊である。

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